寝言

老舗の映画館の灯がまた消えた。

 5年前の2002年11月に慶應義塾大学の映画同好会が主催する自主映画コンペティションの審査員を務めたことがある。この時の上映会場が神奈川県の藤沢駅前にある映画館・湘南オデヲンだった。東京の大田区育ちで結婚後は埼玉県の浦和に住んでいる私は藤沢にはまったく縁がなく、この湘南オデヲンという映画館もその時初めて知った。この劇場は藤沢の老舗の映画館でビルの中に湘南オデヲン一番館と湘南オデヲン二番館という二つの映画館を持っている。私がそこに到着したのはイベントが始まる30分ほど前だった。劇場を簡単に案内されて私は今日の控え室になる事務所に通された。劇場内は綺麗なのだが、事務所は年季のはいった汚れ方をしていた。父の経営していた三鷹オスカー同様の事務所の雰囲気である。私はこういう雰囲気が大好きだ。それにこちらの劇場は湘南オデヲン一番館&二番館だけでなく、駅の反対側に藤沢オデヲン座と藤沢キネマ88という劇場も持っており都合4館の映画館を経営していることも知った。それだけに、本当は劇場の方と映画館談義などしたかったのだが、イベントの進行打ち合わせをしているうちにその時間は無くなってしまった。そしてイベントが終了したのは21時頃。藤沢から浦和までは2時間近く掛かるので、劇場の方と話す余裕もなく私はそそくさと帰ったのである。それ以後、湘南オデヲンとは年賀状のやりとりで細々と交流を持っていたが、先日、一通の手紙が届いた。中には2007年3月末日で全4館を閉館すると書かれていた。近隣に進出してきたシネコンに押されたらしい。1935年の開館以来、この地で72年もの歴史を刻んでいたそうだ。つまり、この劇場には72年分の数え切れないほどの人々の思い出が詰まっているのである。それを考えると閉館がひどく寂しい。そして5年前、慌てて帰らずに少しでも映画館談義ができていたらと悔やまれた。
※写真は無いです。