寝言

『秒速5センチメートル』と自分

▲ 最近は映画のチケットの半券をいつの間にか無くしてしまう。でも、本作の半券は大事にとっておきたい。

▲ 最近は映画のチケットの半券をいつの間にか無くしてしまう。でも、本作の半券は大事にとっておきたい。

 先日、新海誠監督の新作『秒速5センチメートル』を観た。普段はアニメをあまり積極的には観ないのだが、この監督の作品だけは別だ。『ほしのこえ』というインディーズ・アニメがビデオ市場で秘かに人気を博しているという噂を聞きつけてDVDを入手したのは5年前。宇宙と地球に離れた男女の超遠距離恋愛を描いた切ないSFだった。アニメなのに日本のありふれた風景が極めてヴィヴィッドかつセンシティブに描かれているのに心を奪われた。そして同作の映像特典として収録されていた新海監督の処女作『彼女と彼女の猫』はその世界観が横溢した短編だった。この作家の手に掛かるとありふれた風景がとても詩的で鮮烈なものになる。この一枚のDVDですっかり新海誠ワールドに魅了されてしまった。その後の初の本格的長編『雲のむこう、約束の場所』も素敵な作品だった。しかし、今は『秒速5センチメートル』に尽きる。なぜなら『彼女と彼女の猫』、『ほしのこえ』にあった世界観がさらに洗練されて全編を彩っていたからだ。コンビニ、電車のホームや車内、学校の駐輪場、そしていつもの街並みや街角…。当たり前の風景が登場人物たちの心情とあいまってきらめいていた。新海監督には失礼ながら、本作を観ていて90年代の自分の作品群を思い出した。どれも低予算のビデオ作品だったが、ありふれた日常から恐怖を描出できないかというのが創作意欲の源だった。最近はこれが薄れてしまったように思う。当たり前のものが違って見えるこの感じをやりたかったのだ。原点に戻りたい。『秒速5センチメートル』を観てそう思った。今後の自分の作品にかつての鶴田らしさを取り戻せるだろうか。新海誠監督とは一面識もないが、もしそれができたなら心から感謝したい。むろん私に感謝されてもひとつもありがたくないだろうが…。

※『秒速5センチメートル』公式サイト http://5cm.yahoo.co.jp/