寝言

『おろち』製作裏々日誌(1)

『おろち』にエキストラ参加してくれた友人が、映画の冒頭に登場する門前家の門(福島県猪苗代・天鏡閣)にわざわざ出かけて撮影。

『おろち』にエキストラ参加してくれた友人が、映画の冒頭に登場する門前家の門(福島県猪苗代・天鏡閣)にわざわざ出かけて撮影。

 『おろち』公式サイトからリンクが貼られて以来、毎日すごい数のアクセスがある。ただ、訪れる人は「製作裏日誌」と「キャスト・スタッフ紹介」を覗くだけで、この「寝言」のページに来る人はほとんどいない。おそらく、このページに来る人は鶴田によほど興味がある方か、『おろち』をよほど気に入ってくださった方だけだろう。そこで、そんな方々のために私の自信作『おろち』について今まで口にしなかったことをここに記そうと思う。要は私の映画オタクぶりを披露するだけになりそうだが、きっと映画『おろち』を更にディープに楽しんでいただけると思う。

手前にあるのは出演者に記念に配られた「おろちリストバンド」。

手前にあるのは出演者に記念に配られた「おろちリストバンド」。

 さて、『おろち』について多くの方から指摘されるのがロバート・アルドリッチ監督の『何がジェーンに起ったか?』の影響である。原作にはない映画ならではの設定として、一草を女優に、理沙を子役スターにしたことで似た部分があるせいだろうが、原作の「姉妹」と「血」にも、確かにそんなことを思わせるムードがある。私もこの企画のオファーを受けて数十年ぶりに原作を読み返したときに、詳細を忘れていただけに同様の思いをもった。『何がジェーンに起ったか?』の公開の方が漫画『おろち』が発表される数年前だったことを考えると作家・楳図かずおがヒントにした可能性はある。実際、昔のインタビューで楳図さんが同作を好きだと答えていたことがあるらしい。だが、今回の映画化で楳図さんにお会いしてもこの映画の話題が上ることは一度もなかった。楳図さんが『何がジェーンに起ったか?』を好きだったにせよ、それは作家の血肉となり全く別の作品として産み落とされたのだろう。この世に全くのゼロから生まれるものなどない。先人が残してきたものを礎にして新たなものが生み出されていく。要は他から受け継いだものを充分に自分の中で消化しているかどうかだ。その結果、吐き出されたものが文化を作っていく。楳図かずおという巨匠と間近に接する機会を得て、その文化に直接触れた気がした。そして作家というものは何かの影響ではなく、自分の中から湧き出てきたものを作品にしなければならないという楳図さんの話には深く感銘を覚えて、作家のあるべき姿というものを教えられた気がした。
 しかし、私は自分が魅力を感じたもの、好きだったものを充分に消化せずに自作にさらけ出してしまう癖がある。というより自主映画作家だった頃から、他の作品からの刺激を原動力として作品を創っていた。私が最初に評価を受けた自主映画『トネリコ』はブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』に強く感銘を受けたからだったし、プロ・デビュー作であるビデオ『ほんとにあった怖い話』は米国の60年代のテレビドラマ『世にも不思議な物語』(テレビをほとんど見ない楳図さんも欠かさず見ていたそうだ)の様な作品を創りたいと思ったのが企画の発端だった。だから、楳図さんのような孤高の精神の作家と出会うと、自分が恥ずかしくなってしまう。そんなわけで、映画『おろち』に他人の作品をヒントにした演出があることは、出来る限り口にしないことにした。ただ、公開も始まって時間も経った。映画『おろち』や監督、鶴田法男を理解してくれる方には、そろそろ正直にネタを明かしてもいいだろう。