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実はサラリーマンでした。

▲ 『クエスト/伝説の冒険』のジャケット。この作品のヒットがなければ自分は映画監督になっていなかったかも知れない。

▲ 『クエスト/伝説の冒険』のジャケット。この作品のヒットがなければ自分は映画監督になっていなかったかも知れない。

 映画館の息子という前項を読んで、私が映画監督にすんなりなったと思われた方もいらっしゃったようだが、実際はそうではなかった。元々は普通にサラリーマンとして働いていた。つまり私は脱サラ映画監督なのである。
 普通に会社勤めをしていた理由は、私が映画監督に興味を示せば映画界をよく知る両親が常に反対したのと、人並みの生活ができない映画監督が実際に居ることを私も見聞きしていたからだ。映画監督という仕事はヤバイ、やっちゃいけないと自分の心に自ら歯止めをかけていたのだ。そんなわけで大学卒業後の1985年、FUNAIブランドで知られる船井電機のビデオソフト発売会社に就職して「制作宣伝」の仕事をしていた。「制作宣伝」とは、作品のポスターやチラシを作ったり、ビデオ・ジャケット(まだDVDは無かった)を作ったり、またその作品の宣伝をする仕事。当時担当した作品の中にはジョン・カーペンター監督の処女長編作『ダーク・スター』などもあった。監督にはほど遠い仕事だが映画に少しでもかかわれることが嬉しくて、それなりにやりがいを感じていた。
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