寝言

「三鷹オスカー」を経営していた亡き父は、東京都の映画館への休業要請を無視したでしょうね。

名画座「三鷹オスカー」を経営していたうちの父が、今回の東京都からの休業要請を受けたらどう対応しただろうと考えてたら、1990年12月の閉館時のチラシと、最終日の「大入り袋」が棚から出てきました。
うちの劇場はキャパ180名ほどで、社長の父は、1日500名以上の集客が出来ると「大入り袋」を従業員と私ら家族に出していました。袋の中身は500円玉1個ですけどね。
厳しい映画館経営を回すために、父は様々な技を使っていたようで、その手の内は教えてくれませんでした。
でも、「俺がお前達と従業員を支えないとならないからな」とぽつりと言ったのを思い出します。
話は冒頭に戻りますが、今回の東京都の映画館への休業要請を聞いたら、「バカ言うんじゃないよ! そんなの知ったこっちゃない」と受け付けなかったでしょうね。
それに、菅首相の要領を得ない会見を見たら「ダメだこりゃ」といかりや長介風に言ったと思います。
生前、自民党を支持してたけど、天国では違う政党を模索してる気がします。
三鷹オスカー閉館時のチラシ(表)縮小 三鷹オスカー大入り袋